Live Report

2012 Early Summer Tour at 福岡ライブレポート。※一部ネタバレ有り

佐野元春 & THE COYOTE BAND
2012 Early Summer Tour at Zepp Fukuoka 6.26
(※セットリスト非公開ながら一部ネタバレ有り)

2011年、新たにギタリストを加え6人編成になったコヨーテバンド。アーリーサマーツアーは新生コヨーテバンドの御披露目ツアーだ。

2012年年明け早々、ビルボードライブ公演決定のアナウンスがあった時、東京大阪だけかよぉ〜、って思ったファンもきっと多かったはず。

そこへすかさず、初夏にコヨーテバンドでロードに出るよって追加アナウンス。

ビルボードでは現在演りたい曲を、アーリーサマーツアーではロックンロールを(演る)って自身の誕生日に佐野さんはファンに向けメッセージを送った。(メッセージは、冬にはホールツアーを、と続いた)

ツインギター体制になり、前述の発言から期待が膨らむ。

交通事情により会場のZepp福岡に着いた時には開場時刻を過ぎていた。幸い、指定席なんで、そこは問題なかった。会場前。入場後。旧知の方、新しく出会った方と束の間語らい席に着く。奇遇にも全員ではないが、席が近い。僕は四列目、ステージ向かってセンターマイクやや左側のほぼど真ん中。

新メンバー、アッキー(藤田顕)の立ち位置はどこかな?なんてステージを眺めているとローディーさん達が機材のチェック。アッキーのギター担当の人、サウスポーのギター逆持ちで大変だね。

定刻から約5分押しで客電が落ち、右手を上げたフカヌー(深沼元昭。ギター)を先頭に佐野さん以外のメンバー登場。各自楽器スタンバイすると演奏スタート。最初に演る曲は違うけど、このスタイルはホーボーキングバンドではお馴染み。事前に情報は得ていたが、「同じにしないでいいじゃん」って思ってた。

しかし。

はっきり言ってスマンかった(笑) ここでアッキーのギターがいきなり炸裂。よりギターロックに傾向したコヨーテバンド、ヤバい(笑)

アッキー、「ドヤ顔でしたね」(2011年東京ファイナル後の佐野元春語録より引用。笑)

佐野さん登場、本編スタート。口笛を吹きながら夏の街を歩いてく。バンドの最初のツアー(2009年)の時、「僕らはデビューしたてだからレパートリーが少ないんだ(笑)」って、佐野さん言ってたっけ(笑) “カバー曲”のあとは“オリジナル曲”が続く。

そして、重厚なギターから欲望。国際フォーラムの時より近い分、圧倒的。魂が共鳴する。例によって?メロディ(セクストン)がいないので僕はコーラスしたんだが(笑)、グッドラックよりもショットガンが欲しい、のあとは佐野さん自らレスキューミー♬って歌ってた。このあと、『VISITORS』から二曲続きワルツのレインガール。終盤、佐野さん、カーリー(高桑圭。ベース)さん、フカヌーの順でレインガール!♬とリレー。

「このバンドは、歌いたい時にみんな勝手に歌ってる(笑)」けど、アッキーは
あんまり歌ってないな(笑)

コヨーテバンド結成の経緯?について、UKの音楽を聴いている若い世代の反応をみたいと言うふうなことを、以前佐野さんは語っていた。そんな(佐野さんの衣装も含め)ブリティッシュテイストなバンドが次に演ったのは、ウッドストックなアルバムの曲(笑)髪飾りも清らかな君を呼ぶぅー♬

そして現在コヨーテバンドでレコーディング中のアルバムから新曲。

「新しいアルバムは…(一瞬言葉に詰まって)ガッチリ取り組んでいます!(微笑)」

タイトルがイタリア語のは、ヤバいです。ルァ べェタァ ヴィーラ!続く二つ目の新曲もかなり(^_^)

佐野さんから、時折二回叩いてねと手拍子の要求。

僕は大人になったのかな?でもそうさ、溜め息を吐くのはもう止めよう。

MCで直接的なメッセージはなかったけど、不確かじゃ居られないから、本当のことを知りたいと言う子供たち。朝も夜も君のために歴史のために考えてるんだ。

約束の橋以降はバンドは違えど、ほぼ定番化してる曲へ。

「僕がこの街で初めて演奏したのは1980年。その時に来てくれた人も今日この中には居ると思います」

僕の右斜め前の男性が元気良く手を上げてました(^_^)

「そして、今夜初めて僕のライブを観るって言う若い人も居ると思います。ニューエイジ割引って言うのをやってるからね!」
「とてもいい制度だと思うんだけど。18歳未満は割引になるからね。他のバンドもやればいいのに」

フカヌー、カーリーさん、破顔(笑)

少しMCが続き、

「変わらない想いはあると思います。その想いは言葉では上手くいかないことも多いけど、歌にすると音楽にすると上手く伝わることがあるんだ。今夜、福岡のみんなの力を借りて照明してみたい。手伝ってくれる?」

オーディエンスももう察している。一緒に歌おう!

小松くんに合図。ダダン ダン ダン。シュンスケくんのキーボードが続く。

会場のみんなで大合唱(だから、僕は一番以外はコーラスだって!)のあと、シュンスケくんが白いタオルで汗を拭っているの、見逃しませんから(笑)

もう一曲80年代の曲を!そう言って始まった高速ダウンタウンボーイ(一部ではそう呼ばれているらしい。笑)

最後は途中でも登場したグレッチを手にアンジェリーナ。ギターが違うだけでこうも違うのか!この日はしなかったけど、いつもならスライディングする終わり間際のジャガジャーン♬てとこ、佐野さん、フカヌー、アッキーと同じタイミングで僕もエアギターをストラミング(笑)

一旦終了。

同じいでたちのようでシャツを着替えている佐野さん(^_^)

再びコヨーテアルバムから二曲終わって、タブルアンコールへ。冷たい夜に、一人だけの夜にさよなら。ランニングタイムはトータルで2時間15分くらい。

ツインギター体制のコヨーテバンド。リードはフカヌー?でも、曲によっては二人とも同じリフだったよな。

新作については、「今年の終わりくらいに…来年の頭くらいに…みんなに聴いてもらいたいなと思っています」

そしてアルバム出したらまたすぐにロードに出るとも語っていた。冬はホールツアーをやりたい、となると、ホールならホーボーキング?新作はコヨーテバンドでスタジオに入ってるから、冬のツアーはSSBBツアーみたいになる?コヨーテはライブハウスがいいと思うんだけど、どおだろう?(佐野さん口調で)

「去年はアニバーサリーツアーと言うことで、ホーボーキングバンドが僕の演奏を手伝ってくれました。そしてこのアーリーサマーツアー。コヨーテバンドと共に福岡の街で演奏することが出来て嬉しく思います」
「80年代はハートランド。90年代はホーボーキングバンド。そして、00年代から現在。このコヨーテバンドと!」

なんとなく、今後はコヨーテバンドがメインになるような、そんな感じを受けた。どっちのバンドが好き?比べられないけど、それでも、だいじょうぶ、とMacopieは言った(笑)重要なのは、熊本来てくださいってこと!(⌒▽⌒)

帰り道。セットリストとは関係ないけど、あるフレーズが浮かんだ。

時は流れても思いは変わらない
小さな躓きで諦めたくない

スンマセン、歌詞うる覚えです。指摘しないでください(^_^;)

関係者以外で佐野さんのこと、棟梁って呼んでるの、オレだけだぜ⁈って内心勝手に思っているものの、シャイな僕は(クレーム受付ません)ついに、棟梁!って叫べなかった(^_^;)

次回は是非とも⁈

あ、そうそう。エレアコではピックだったけど、グレッチの時はフィンガーピックだった。

で、ピックと言えば、アッキー、手拍子する時、ピックを咥えてました(^_^)

そして最後に。そして最後に。そして最後に!一部で好評?自己申告シリーズ(笑)今回はアッキー、シュンスケくん、カーリーさんと数回目が合った。棟梁?言わずもがな!(⌒▽⌒)

MCは要約です。ツアー中につき、セットリストはUPしないので、知りたい方は個別に対応しますね。

■THE COYOTE BAND are

佐野元春 ヴォーカル、ギター、タンバリン、ブルースハープ
深沼元昭 ギター、バッキングヴォーカル
高桑圭 ベース、バッキングヴォーカル
小松シゲル ドラムス、バッキングヴォーカル
渡辺シュンスケ エニイキーボーズ、バッキングヴォーカル
藤田顥 ギター、バッキングヴォーカル

サカグチマコト バッキングヴォーカル(福岡公演のみ。笑)

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“COYOTE LIVEHOUSE TOUR” 2009 SUMMER

“COYOTE  LIVEHOUSE TOUR” 2009 SUMMER  in 福岡DRUM LOGOS 2009715日 

佐野元春 & THE COYOTE BAND 

「(COYOTE)アルバムを出したあと、早くツアーをやれよって言われました。」

途中、苦笑いしながらのMC。2008年の前回ツアーはツアータイトルこそ“SWEET SOUL BLUE BEAT”だけども、バンドはいつもの仲間たち。(THE HOBO KING BAND) しかも、アルバムが出てから半年もあとだった。『COYOTE』アルバムが出たのは20076月。

もっとも、Moto自身も本当は早くにこのアルバムレコーディングメンバーでライヴを演りたかったはず。分かってるさ、僕らも。いつもの仲間たちにしろ、今回メンバーにしろ、売れっ子さんたちだからね、スケジュール調整が大変だろうしね。(もっと言えば、僕自身もなるべく早めに言ってもらはないと 

今回バンド自体は2005年にはプロジェクトとして活動を始めている。(2005年12月3トラックEP『星の下 路の上』リリース)

僕自身、そんなに熱心でアクティブなファンではないので未だファンクラブにも入っていないし、今回ツアー情報自体、そんなに早く入手している方ではない。まあ、僕のスタンスとしては、その会場に居れれば良いわけで、席位置とか別に大騒ぎすることでもないんだ。しかも、今回はライヴハウス。ちょっと後ろでもさ、そんなにステージからは離れてないしさ。

とか言いつつ、やっぱりライヴハウスだから良い番号が獲れればそれだけ至近距離には行ける。そこは抜け目なく、地元福岡で、尚且つファンクラブに入っているSNSで知り合った方にチケットは頼みつつの(笑)。 2003年夏のツアー以来の福岡での参加だ。

会場内に入ると、通常ライヴ前って、何がしかの音楽が流れてると思うんだけども、今、ここでは現在Moto自身がパーソナリティを勤めるラジオ番組が流れている。本編が始まる前のエクストラトラックみたいな感じだね、僕からすれば。普段はMotoのラジオ自体も聴いてない。ツアー初日に始まったNHKのアレ(ソングライターズ)も観てない。ましてや、アルバム自体、45日前にかなり久しぶりに一度聴きなおしただけと言う

まもなく開演ですってアナウンスが流れる。開演時間になっても客電は落ちず、流れてきたのはCOYOTE BANDの演奏ではなく、トム.ぺティ。ライヴ本編MCで「良い曲いっぱいかけてるんで~」ってMoto自身語ってたけど、ほんと良い選曲だ。そして、ラジオ番組もエンディング。既に、定刻を過ぎてるんで、場内は手拍子が鳴り止まない。「(オンエア日の)今夜はこの曲でお別れです」と告げられ流れるのは君が気高い孤独なら。いよいよ本人の曲も流れボルテージも更に高まる。ワンコーラス終わった時点で場内暗転。手元の時計で7分押しくらい。

僕らの前には4列くらいあるんだけれども、何せそこはライヴハウス。固定の客席がないんでもう、ヤバイくらいに近い。(Kさん、「うれしいです。どおもありがとう!←Moto口調で。)

「今日はパーティみたいなものだから、いっぱい歌ったり、踊ったりしていってください。」

ハイ、遠慮なく(笑)

COYOTE』アルバムの曲と先行3トラックシングル『星の下 路の上』の曲は全部プレイされて、の間僕はほぼコーラス中心で。だって、TTシスターズもメロディ(セクストン)もいないんだもん。全曲のプレイが終わると一旦第一部終了。時間にして約1時間半。

COYOTE、良いアルバムだね」(“SWEET SOUL BLUE BEAT”ツアー時の本人MC)

すぐさまバンドは再度登場して今度はMotoクラシックスの披露になるんだけども、再登場直後、

「こうして、こっち(ステージ)から見てみると、みんな大人になったね(笑)。」

ウン、キミもね。(某発泡酒のCMのイメージで) そして始まった“A BIGBOY NOW”も、なんか、今の時代にマッチしてない?

「せっかく、昔の仲間が集まってくれたんだから80年代の曲を

いやいや、Moto。間違ってるよ。昔からの仲間だぜ。

すべてのプレイが終わってトータル約2時間、全部で19曲かな。一部からあの曲がなかったことに対する不満も聞こえたけど、確かにあの曲はMotoの代表曲だけど、あなたたちはそれが目当てなの?それさえ聴ければ良いの?それって、どうなん?

まあ、いいや。楽しみ方、受け止め方は人それぞれ。

来年は30周年なんでなにかデカイことをやるってMoto。アニヴァーサリーのツアー、熊本に来ないだろうなあ。ライヴ会場近くの居酒屋で、今回ご一緒した皆さんにアルコールが入ったから僕はデカイことを言ったわけじゃなくて、もう、本気でMotoを呼ぼうかなって思ってる。時間はあるようでないから来年は難しいかもしれないけれど。いろんなカラミもあるだろうけど、熊本での窓口になるぞって。“カレ”も応援してくれてるし?“人はやりたいことをやればいい~♪”って。

そう言えば、奇遇にも僕のすぐ近くには熊本から来たんだって人が結構いた。そんな声が聞こえてた。

とりあえず、アニヴァーサリーはまた福岡に“戻って”くるさ。東京とか…、誰か呼んでください(汗)。

開演前、会場のある方向を「楽屋はそこだから」とKさんが教えてくれて、今まさにステージに向かうMotoの姿が見えた時、『THE OUT TAKES』だったかなぁ?ルイードかどこかのステージへ向かう映像を思い出した。

博多の夜はこの日、暑さは和らいでいたそうだけど、熱かったね。恐らく、僕にしてみれば、この夏、いちばんアツイ日になるだろうね。

*2009717日 執筆

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長渕剛ライブレポート 2001/10/29

2001年10月29日 Tsuyoshi Nagabuchi Japan Tour 2001 Live sora at 鹿児島市民文化ホール第一ホール

2001年7月末。今回のライヴチケット発売時刻午前10時、僕はiモードでチケット予約に挑んだ。

が、しかし…全然アクセス出来なくて、わずか1分後つながった時にはすでに完売と言う画面上のアナウンス。翌30日分チケットも同じ状況…

九州ではあとは大分と長崎でも公演があるけど、やっぱりね、地元で観てこそ意義があるんだよ。うん。 しかし、僕はこんなことではめげないよ。まだまだ。フフフ…

とは言え、ほぼ諦め掛けていた8月のある日、僕の携帯電話が踊り出した。(僕はほとんどの時間、マナーモードにしている)

電話口で「チケット獲れたけど、文句言うなよ」との一言。あまりいい席ではないようだ。でも、文句言うわけないじゃん。数日後送付されてきたチケットには1階後方列を示すであろう席番の記載。

「ま、上出来だぜ。うん」

後日、立聴券が発売されていることを知る。

「なんだよ。それなら別に立見でも良かったんだけど…」

そんなこんなで無事チケットも確保できた。

今回ツアーの核である最新アルバム「空/SORA」をそれからはへヴィーローテンションな毎日。

刻々と日々は経過して行き、ライヴまであと1ヶ月強と迫った9月のある日、考えられないような事件が発生。

僕の部屋には何気に開封済みの郵便物が"放置"してあるスペースがあり、その一つ一つをチェックすることもなく、ある日それらは一路ごみ箱へと向かう。

な、な、な、な、なぁーんと!!

その中にはチケットの入った封筒も…

そのことに気付いた時は目の前がブラックアウト。

「No…、No…、No……」

瞬く間にデイヴィッド.ミルズ刑事状態(ブラピ from"セヴン")

だが、そこに置いたのも自分。捨てたのもまた自分。

それでもまだ神は僕に味方した。(笑)

ある日仕事から帰ると翌日の朝には確実に収集場所へと旅立つごみ袋がまだそこには置いてあった。そして数年前からごみ袋は透明の袋になっている。

ぼんやり眺めると、そこには例の封筒が見えているじゃないか!! 僕は迷わず袋の口を開け、中を漁った。(注、中には生ごみは入っていませんでした)ごみの海の中で溺れていた封筒の救出に成功!!一つの達成感。インポッシブルと思われたミッションが成功。ビールが美味かった。(笑)

僕と長渕の運命的な?対面を誰もジャマすることはできないよ。

さて、当日。JRで鹿児島入りした僕はしばらく鹿児島の街を歩くと乗車待ちをしているタクシーへと乗り込んだ。行く先を告げると運転手さんが空かさず、

「おッ、長渕!!」

と言って微笑んでくれた。さすがは地元だなぁ~なんて感心したけど、当日のイベント情報とか把握しててあたりまえだったね…

会場に着いたのは午後5時50分。まもなく迎える開場時間をたくさんの人たちが待ち望んでいる。入口付近、会場へと続く広場にはギターを弾きながら長渕を唄っている人も数人いる。これまでもいろんな人のライヴに行ったが、そんな光景は初めて見たよ。

会場ロビーには花輪もいくつか届けられ華やかなムード。窓越しに今尚、入場を待ち望む人たち(立見の人たち)を眺めてると、「まもなく公演が始まりまぁ~す」との係員の声。時間は定刻5分前だ。

「えッ!?まだあんなに多くの人が外で待ってるのに…」 そうは思いながらも僕は自分の席へと。そこは1階最後方から3列目。

定刻になった。圧倒的なツヨシコールが続く。そして5分押しで客電が落ちる。バンドメンバーが続々と登場、オープニングナンバーをプレイし始める。思ってたとおり"勇気の花"だ!!僕、これ大好きなんだよ!!

そして、

「HEY、HEY、HEY、HEY、HEEEEEEEY!やっと鹿児島まで帰ってきたぞぉぉぉー!!」

場内大歓声。空かさず2曲目。最新アルバムの1,2曲目をそのままライヴの頭に持って来た格好だ。この2曲で僕はもう泣き出しそうだ(^o^)

中盤になると、4人だけのアコースティックセットで"くしゃみじゃなくてよかったよ"他数曲。これがまた良かった。 バンドセットに戻り今回のツアーロゴが入り、ツアーグッズにもなっているキャップを被り"10年前の帽子"を唄ったんだけど、これは歌詞を間違えて照れ笑い。そしてその後も懐かしのナンバーが続々と披露されていく。 "西新宿の親父の唄"は意外と言うか聴けると思ってなかったんでうれしかった。

曲間には最近テレビを観ても腹の立つことばかりで、ここ鹿児島から怒りの声を挙げようとか、鹿児島で暮らしてた時よりも、東京へ出て暮らしてる時間の方が長くなっちまったけど、鹿児島生まれだと言うことに誇りを持っているとかのMC。

"泣いてチンピラ"では曲の最後の方で"がんばれ二ッポン"を繰り返したり、今の日本に渇をいれるような、励ますようなそんなライヴだったと感じた。

やっぱり、地元だと言うこともあって終始ゴキゲンな長渕。 "がんばれー"と言う声援が飛ぶと、

「俺はがんばってるよ。お前ががんばれ」

と笑いながら言ったり。近年の僕の長渕のイメージは怒れる人、恐い人ってものだったから、これはちょっと意外だった。

終盤。"コオロギの唄"を唄った後、「この曲を鹿児島で唄いたかったんだ」と告げると場内も大歓声。

「今、青春真っ只中の少年たちへ。そして永遠の青春を決め込んだ同胞たちへ」 と"少年よ 君は強くなる"を。その時、俺は今真っ只中なのかなぁ?それとも同胞の方かなぁ?なんて、ちょっと複雑?な思いに揺れながら(笑)

「最後にラヴソングを」と告げるとエンディングナンバー。(確か"ごめん"だったと思う…)

一旦インターヴァルが空いてまずは長渕のみ登場。

「なんか、最近チャラチャラした、わけわかんねえのが多いからさ、もうそろそろギター1本で"ガァー"ってやつ、出てこないかな?鹿児島から。期待してるよ!」

そう言って始まったのは"巡恋歌" もちろんみんな大合唱。そして数曲の後大歓声の中鹿児島公演初日は終了。

オーディエンスはそれでも帰らない。ツヨシコールが続く。 三度、長渕登場。

時間を腕時計とホール壁面で交互に確認しながら、 「みんな時間はだいじょうぶ?ほんとにだいじょうぶ?」 と聞くとメンバーを呼び込む。 ステージ上で「じゃあ、ミーティングするからさ、ちょっと待ってて」と言って、円陣を組む。

そしてバンドは"スーパースター"、"勇次"をプレイし、今度こそほんとのエンディング。トータルタイムは2時間40分ほど。 1曲終わって、次の曲までの僅かな間にもツヨシコール。地元だけあって鹿児島のファンは熱いね。

一時はロックじゃねえだろ?って想った長渕はやっぱりロックだったし、ライヴも正統派のロックコンサートだった。最新アルバム(当時)「空/SORA」からは1曲を除きすべてがプレイされた。僕がずぅーっと感じていたのは多分、ブルース.スプリングスティーンのライヴがこれに近いんじゃないか?ってこと。長渕もスプリングスティーンを敬愛してるしね。

なにはともあれ。良かった。ほんとに良かった。その一言に尽きる!!いや、ほんと。。

※オリジナルテキスト:2001年10月末執筆

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THE MODSライブレポート 2001/7/9

2001年7月9日 THE MODS Tour 2001"DO YA LIVE!!" at 福岡イムズホール2Days初日

(fm fukuoka presents Live in GAYA 01)

ニューアルバム"RISING SUN"を引提げてザ.モッズが地元博多の街に帰って来た!
2001年はザ.モッズの20周年メモリアルイヤー。4月にはトリヴュートアルバムもリリースされた。

今回の福岡2Daysの後には熊本にもやって来るんだけど、やっぱ、せっかくだから地元で観た方が良いしね。まだツアー始まったばかりで3本目のライヴだけど、問題ないでしょ。

今回イムズホールはオールスタンディングだ。キャパは500名足らずくらいだから、ライヴハウスくらいの規模だよね。アニヴァーサリー的な面からするともっと大きな箱でやってもよさそうなものだけど、逆にこの方が良かったかもしれない。地元ってのもあるけど、一体感とかさ。

九州地区のツアー日程が出た時、すぐに

「ライヴ、行くしかないでしょ!!」

って行くことを決めたが、はっきり言って"PROUD ONES"アルバム以降の曲は知らないんだよなぁ…それが唯一の不安。まぁ、なんとか成るでしょ。

会場入りして当りを見回してみると。“それっぽい格好”をした人たちも結構居る。ご苦労さまです、暑いのに(^o^)

ホールは徐々に埋まってくる。30分前くらいからスタッフが器材チェック。メンバーはどっちから出て来るんだろう?とステージの両袖を僕はキョロキョロ(^_^;)

定刻の19:00になり、ようやく開演を告げるアナウンスが流れる。今回のライヴはラジオ局の特別番組としてオンエアされるそうだ。
そんなことよりも、「“何分押し”かなぁ~」さっきから断続的に続いていた"モッズコール"がより一層大きくなって来た。

そして、ステージ後方スクリーンにこの20年間の社会的な出来事と20年間のライヴを中心としたフィルムが流れ出す。

それに目を奪われてるといつのまにかメンバーが登場してた。まわりの歓声で気付いた。

そしてバンドのプレイがスタート。スクリーンが上がるとシルバーに光る“RISING SUN”の文字。

「ん?なんだろう?分からーん」肝心のオープニングナンバーが分からん。(T_T)きっと、ニューアルバムからの曲だろう。うん、そうだ。そうに違いない!!

そう思って自分を納得させてと。(実際は違いました)

「いやぁ、しかし博多のファンは熱いなぁ~」

そこで思い出したんだけど、13年前、同じ博多でモッズを観た時も夏(あの時はたしか8月)だったなぁ~。

新旧織り交ぜられたセットリストには僕が知ってる曲ももちろん入ってる。もう、飛ばす飛ばす(^o^)博多のファンも最初っから飛び跳ねてるし。

初めはちょっと恐かったよ。ほんと(^_^;)でもさっきも言ったけどそれだけ熱いってこと。

ニューアルバムからのナンバー「WALTZ」は今回唯一のスローナンバーだったけど、この曲でちょっと涙してしまった。歌詞を引用するならば、

「モッズも僕も歳をとり疲れたけど、あの頃の笑顔は変わってないよ」って言う。

そして、“HEAVEN GOD CITY”と言う歌詞があるんだけど敢えて訳さなくても意味は明白だろう。

2度目のアンコール。

「20年やり続けることよりも、20年好きでいられたことの方が大事だと思います。みんなも好きな何かを見付けて下さい。そして離れられなくなるまで。それがROCKです。それがROCKっちゅう言う生き方だと思います」

そう言ってモリヤンは次の曲目を告げた。それは「Two Punks」でその後「NAPALM ROCK」へと続き博多ナイト初日は幕を下ろした。
トータルタイムは1時間半強だったけど、サイコーの時間だった。デヴュー以来不動のメンバーでザ.モッズはこれからも走り続けるだろう。

以上ここまでは、翌日10日に書いていた。熊本ライヴの前にモリヤンは熊本のテレビ局の取材を受け、こう言ったそうだ。

「10代の頃よりも、20年やって来た今の方がROCKが好きだね」

う~ん、カッコイイ!!

THE MODS are
森山達也:Vocal,Guitar 
苣木寛之:Guitar
北里晃一:Bass
梶浦雅裕:Drums


※オリジナルテキスト:2001年7月執筆

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ブライアン・アダムス 2000年ライブレポート

2000年6月19日 The Best Of Me Japan Tour at Zepp Fukuoka

'99年11月。彼自身2枚目となるベストアルバム「The Best Of Me」リリース。そして2000年3月、来日公演のアナウンスがされた。

もちろん、早速チケットの手配をしたが、運悪く?立聴券しか獲れなかった。

ライヴ自体は始まってしまえば、2時間なりの時間は立ちっぱなしになるので問題はないのだが、少しでも良い席でライヴを観たいって思うのはやっぱりファン心理というかさ。

後で聞いたが会場のZeppは1階はオールスタンディングになっているらしい。


なぁ~んだ、そうか!


6月。いよいよカウントダウン状態に入って来たが、前月入手した別アーティストのCDばかり聴いていて、一向に迫り来るライヴに向けての“復習”が出来ていない。

当日を迎え、付け焼き刃的にその夜プレイされそうな数曲をピックアップして聴く。

それでも会場に向かう僕の頭の中では“HEY GOD”(←これで誰だか分かるかな?)のメロディばかりが繰り返し流れている。

おい、おい、一体今日は誰のライヴなんだ?!まったく。(^_^;)

会場のZepp Fukuokaはホールと言うよりはライヴハウス。ホールの端っこでもステージまではそう遠くない。普通のホールだったら、恐らく10列目以内くらいのところに僕は陣取った。

こんな近くで再会出来るとは思ってもみなかった。

定刻の10分前、照明スタッフがステージの脇からセットの上の方に登っていくのが見えた。今回のステージセットはシンプルで、それがかえって彼らしくて好感が持てる

その2分後、観客の誰かの雄たけび(^o^)にビックリするまた別の観客。

定刻2分前、開演を告げる場内アナウンス。僕のリストウォッチが定刻から3分過ぎた時、客電が落ちた。さぁ、ショーの始まりだ!

声援が増してゆく中でブライアン.アダムス登場!    
ウォッ、カッコイイ!!

短く髪を刈り込んでいるためか、とても若々しい。「RECKLESS」当時くらいの長さかな。

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ボン.ジョヴィ 2000年ライブレポート

ボン.ジョヴィ ライヴレポート
2000年7月18日 CRUSH Japan Tour at 福岡ドーム

遂に復活したボン.ジョヴィがまた日本に戻ってくる!

ブランニューアルバム「CRUSH」からのシングル「It's My Life」もようやくレディオから流れ出したばかりの4月末に7月の来日公演のアナウンスがされた。(「It's My Life」シングルは5月10日リリース)

前回から4年振りだ。日程には当然!福岡ドームも。う~ん、行きたい。いや、行かねばっ!!

しかし、それにしても急なことだったんで今回のライヴに関しては、僕は準備にとても慌ただしかった。

なんせ、日本は5月17日に先行発売だったけど、世界的にはまだ最新アルバムもリリースされてない状態。(ワールドワイドでは6月2日リリース)
僕も新しいサウンドはまだ「It's My Life」しか聴いてない。まぁ、サウンド的には心配していない。

とにかくチケット確保のために、文字通り駆け回ったんだ。

その後、ボン.ジョヴィオフィシャルチャットに顔出したり、新たなボン.ジョヴィファンの人との出会いがあったり、別のアーティストのライヴ当日になってもまだボン.ジョヴィのCDを聴いていたり。

とにかく当日に向けてヴォルテージは徐々に高まっていった。

当日は福岡市内の交通渋滞のため、天神に着いたのがなんと開演の30分前。地下鉄唐人町駅に降り立って地上に出た時で15分前。
開演には間に合うと分かっていたので別に慌てることはなかったが、友人に頼まれていたツアーパンフなどのグッズを買い求め自分の席に着いたのが定刻の2分過ぎ。やれやれ、そう思ったらすぐ客電が落ちた。時計に目をやれば座ってから約2分くらい。

今回のワールドツアーは日本からのスタート。初日のオープニングナンバーは「Livin' On A Prayer」だったとの記事を読んでいたけど、僕なんか、「It's My Life」の方が良かったんじゃない?って思ってた。

案の定、オープニングは「A Prayer」で「It's My Life」は3曲目。もう、序盤から飛ばす飛ばす(笑)

「WILD IN THE STREETS」の終わりで“YOU GOT IT !”ってジョンが叫んだんだけど、“I GOT IT !”って叫び返したのは僕だけだったかもしれないな。

途中アコースティックセットで3曲プレイ。その1曲目「Love For Sale」の時にジョンが少しだけ“KING”エルヴィスのマネをして、果たしてどれだけの人がそれを分かった知らないけど、僕は“エルヴィス!”って叫んで隣の席の人がちょっと変な顔。

S席とは言えスタンドだったんで、当然ジョンにも届かず…(^_^;)

ショーの本編が終わった時点でのランニングタイムは1時間半ちょっと。トーキョードームの初日でも2時間だったらしいし、「Always」(僕にすれば、これはどうでも良かったけど)も「Keep The Faith」も彼らは演ってない。

それに、外タレとは言え、アンコールまでプログラムの一部だろうから当然これで終わりじゃないって分かってたんだけど、それでもちらほらと席を立つ人が。

で、アンコールは計3回。彼らは「ダーク過ぎた」と言った「THESE DAYS」アルバム

の曲は今回はないのかな?って思ってたら、1回目のアンコールで2曲。で、肝心の「Faith」は3回目のアンコールでプレイされた。
もう、個人的にはMAX状態でヒートアップ(^o^)

周りのみんなは“More!”って感じで連呼していたけど、大好きな曲ばかりバンドがプレイしてくれたんで僕は満足していたし、もう終わりだろ?って思っていたら、やっぱり終わりだった。ショーのトータルタイムは2時間半くらい。

ジョンと一緒に唄ったり、リッチーやデイヴィッドと一緒にコーラスしたり、そして踊りまくってもうクタクタだった。

(あとでTシャツに汗染みが出来ていることを指摘された。笑)

深夜1時半に帰宅して入浴後眠りについたけど、約1時間近く寝付けなかった。(^o^)

彼らを追っ駆けてヨーロッパ、アメリカに行きたくなった。なんでも来年、同ツアーでまた戻ってきて、日本でファイナルを迎えると言うプランもあるようだ。(ジョンの希望で決定ではないらしい)


※オリジナルテキスト:2000年7月執筆 2000年1月一部修正

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ボブ.ディラン 2001年ライブレポート

2001年3月7日 Bob Dylan and His Band 2001 Spring Tour at 大阪厚生年金会館

21世紀の幕開けと共にディランがやって来る!!もうこりゃ行くしかないでしょ!!ツアー日程には福岡も入っているが僕は迷わず大阪をセレクト。やっぱり僕にとっては大阪で観てこそ意義があるんだ。

大阪公演は2日間あるんだけど、どちらも平日。ライヴは夜だから当然日帰りできるはずがない。まだ、その日休めるかどうかも分からないのに、そんなことおかまいなしに早速チケットを手配。一般発売は年が明けて2001年になってから。僕はネットで先行予約。それが2000年12月。

2001年。順調に月日が流れていく。が、もうすく1月も終わろうかと言うのに待てど暮らせどチケットは来ない…どないなってんねん!

まぁ、待て。チケットは間違いなく獲れてるんだから。
そして待望のチケットが届く。“席は抽選になります”

「あぁ、抽選ね。どれどれ…ん?何だよ、V列って。A、B、C、D…22列って書きゃいいじゃねぇか!まぁ、1階なんでいいかぁ。」

2月中旬。ボブの息子ジェイコヴ.ディランのバンド、ウォールフラワーズライヴを観てそれからはずーっとこのバンドのCDばっかり聴いていた。

「まぁ、“復習”は3月になってからでいいか」
と思いつつ。

Time has come!!いよいよあっという間に当日を迎える。全然復習できてないぞぉ…。

移動中に聴こうと思いアルバムを2枚持って行く。危うく飛行機に乗り遅れるんじゃないか?と言う危機一髪をすり抜けやって来ました大阪!

出発前、前々回参加するはずだった大阪公演チケットを引っ張り出して見てみたら、実に7年ぶりだ。


全然迷うことなく会場に着くともうすでに幅広い年齢層の人たちが集まってる。キッズよりも僕より上のジェネレイションの方が若干多いかなって気もする。

自分の席に着き派手なセットなど何一つないステージ上を眺める。
なんか、この人らしいなぁ~。

客電が落ちたのは定刻の19:00 いよいよライヴスタートだ!

4人のバンドメンバーを従えてボブ.ディラン登場!!

今、目の前には間違いなくディランが居る!

復習してないんでオープニングナンバーが何かも分からず終い。だが、もはや僕にはそんなことはどうでも良かった。目の前には“神様”と呼ばれる男が確かに居る。もうそれだけで充分。

ステージ上を見渡せばウッドベースの横でギターを弾いてる男にビックリ!なんと、チャーリー.セクストンじゃないか!?はっきり顔は見えないけど、あの風貌は間違いなくチャーリーだ。時折気にしつつもボブの歌声に耳を澄ます。どうやら2曲目が"The Times They Are A-Changin'"らしきことは分かった。なにしろ、ボブは原曲が何なのか分からないくらいにライヴではアレンジを代えることで有名。僕がどの曲か分からなくても当然?…(^_^;)

時折“プラグド”になるけど、基本的には“アンプラグド”ライヴ。エレクトリックなバンドの演奏に慣れている僕には凄く新鮮だった。それにしても、ボブがギターを弾きまくってるのにまたビックリ!これがほんとに60のオッサンか?(^o^)

"Tangled Up In Blue"でボブがブルースハープを譜いた時僕のそれまでの感動がピークを迎えた。

「やっぱ、良いわ。ボブ.ディラン」

ちょっとだけ泣きそうになった。この頃からオーディエンスは自然にオールスタンディング状態へ。もしかしたら、これがライヴコンサートの自然なかたちなのかもしれない。

そして、ライヴも終演に近づきボブからメンバー紹介。さっきの人はやっぱり、チャーリーだ!そのことがまたうれしかった。

一端は終了したライヴ。ステージ上のメンバーを大阪のオーディエンスは一斉にスタンディングオベイション。

アンコール。2曲目で"Like A Rolling Stone"そしてラストナンバーは"Blowin' In The Wind"

始まりから終わりまでMCは一切なし。オープニングとラストナンバー以外はコーラスさえもない。だけど、それによって僕は歌に集中できた。約1時間50分のステージ中、「なんか、凄く贅沢な時間を過ごしてるなぁ~」って感じていた。

すべての演奏が終わってメンバーと共に会場をしばらく眺めていたボブ.ディランの姿が印象的だった。

思えば、'94年2月12日大阪城ホール。僕はそこに居るはずだった。そして、今回ボブとの対面が実現するまで実に7年と言う歳月が流れた。だが、この長すぎる期間も必要な時間だったのかもしれない。7年前はまだ機が熟してなかったのかもしれない。

ボブ.ディランと言うのはつくづくロード(ライヴ)の人だなぁ~と思った大阪の夜だった。

*当日のセットリスト(Bob Dates Web pageより)
  Roving Gambler (acoustic)
  The Times They Are A-Changin' (acoustic))
  Desolation Row (acoustic)
  Maggie's Farm
  If Not For You
  'Til I Fell In Love With You
  Love Minus Zero/No Limit (acoustic) (Larry on steel guitar)
  Gates Of Eden (acoustic) (Larry on bouzouki and Tony on electric bass)
  Tangled Up In Blue (acoustic) (Bob on harp)
  Tryin' To Get To Heaven
  Cold Irons Bound
  Rainy Day Women #12 & 35 (Larry on steel guitar)
  (encore)
  Love Sick
  Like A Rolling Stone
  If Dogs Run Free (acoustic) (Larry and Charlie on electric guitars)
  Highway 61 Revisited
  Blowin' In The Wind (acoustic)


※オリジナルテキスト2001年3月執筆。

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Tour 2008 “Sweet Soul Blue Beat”

Motoharu Sano & THE HOBO KING BAND  Tour 2008 Sweet Soul Blue Beat

 in 熊本県立劇場演劇ホール at 2008年1月25日

Motoのライブに地元熊本で参加するのは実に16年ぶりくらいで4回目。

前回参加したツアーTHE SUN。熊本公演はなくて僕が参加したのは鹿児島公演。その前(MILK JAM)は福岡。

熊本での前回はSEE FAR MILES PrtⅡツアー(92年12月)。僕はまだ20代半ばの生意気なガキだった。お互い若かったね、Moto(笑)。

あの時は、PAの調子が悪かったためか少し苛立っていたMoto。最近知ったことだがあの日の熊本ライブはラジオでの中継があったそうだ。納得。

「(THE SUNツアーの時)熊本で演奏したかったけども、事情があってできなかった」(大人の事情ってヤツ?)

途中のMCで語っていたようにMoto自身、ひさしぶりの熊本公演を楽しみにしていた様子。99年9月のSTONES & EGGS以来だから実に8年4ヶ月ぶり。(当日は仕事で欠席)

ライブ当日を待ちきれなかった僕は、色んなサイトを飛び回り今回ツアー初日のセットリストまで知ることになる。こりゃ、反則だね。懸念された?B階とは1階席で僕は15列目。

開演を告げるアナウンスが流れたのが定刻より4分押し。客電が落ちた時は実に8分押しだった。客足が遅いのは週末、金曜日だから仕方ないのかなぁ。いやいや、残業してる場合じゃねえだろう! 休めないなら早退しなきゃ(^^)

映写機に“SSBB”とラベルが貼られたフィルムがセットされ、上映がスタート。モノクロの映像の中ではMotoがピアノを演奏している。これはステージ後方のスクリーン上のこと。やがて、フィルムが終わり、ピンスポットが当たったステージ上ではフィルムの中と同じいでたちのMotoがピアノの演奏をしていてオープニングナンバーへと続く。この演出、みんな感嘆の声!!

さあ、ショーの始まり。“良い時、悪い時”で幕を開け“Im In  Blue”へ。 この曲、ライブで聴けるなんて思わなかった。

「80年代、90年代、そして現在。色んな曲をたくさん演奏するんで、唄ったり踊ったり、楽しんでいってください」

そう言っていたのに、「初めから飛ばし過ぎないように(笑)」だって。そんなの無理だってば!(^^)

そして、「踊り足りないだろう?」そう言ってバンドがプレイ始めたのが“WILD ON THE STREET”。近年、Motoのライブは2部構成。先が思いやられる・・・(笑)。

「新しいツアーが始まって、初日も終わって。ロードに出るのはここ熊本からなんで、今日が初日みたいに楽しみにしていた」

22日、ツアー初日伊勢原公演はゲネプロですか?(笑)。“初日”熊本公演第1部は50分ほどで終了。15分後の再会を告げ休憩タイム。第1部、バンドは全員フォーマルな装い。

第2部頭から今回ツアータイトル曲を含め、『COYOTE』から3曲、続いて『THE SUN』からも3曲。

「一気に80年代に戻ります!」

と、“ワイルドハーツ”。それからはもうKO必至のナンバー。NHK「SONGS」でも披露されたバージョンでの“約束の橋”、そして「みんなの曲」とMotoが語った“SOMEDAY”。ラストナンバーは“アンジェリーナ”。ショーのランタイムはトータルで約3時間。

余談だが、“SOMEDAY”。みんなは一緒に唄いますか? 僕は一部を除き、TTシスターズといっしょにコーラス派。

アンコール、Motoはラフな格好で登場し2曲プレイ。続く2回目のアンコールでは“悲しきRADIO”でのコロちゃん(佐橋佳幸:ギター)との“定番”の絡みもありぃの、そしてメンバー紹介。ここでトミー(井上富雄:ベース)の時、「彼は小倉の出身です」とコール。空かさず、「離れてます(笑)」とトミーに突っ込まれて、「でも僕らからすれば同じ九州だから」と苦しい切り替えし(笑)。

キーワードは「再会」、そして「PARTY!!」。熊本でのMotoとの再会パーティは大盛況のうちに幕を閉じた。

熊本のオーディエンスはまだ続きを望んでいたけど、翌日も別の街での公演があるし、しかも土曜日だから開演時間が早い。僕もみんなと同じ気持ちだけど、これ以上は酷だよ。でも、そこはもっとワガママにならなきゃ、Macopieくん。もの分かりが良すぎるって(笑)。

途中、熊本で初めて演奏した81年の時の“楽しい“(笑)エピソードも披露してくれて、そして最後の一言は僕からすれば意外な一言だった。およそイメージにないと言うか。

「世の中、まだまだ景気悪いけど頑張って行ってください。僕も頑張っていきます」

まあ、いいや(笑)。

開演前、トイレで小学生くらいのキッズとすれ違った。次回は必ず家族みんなで来ます。

今回ライブでの僕の感涙ポイントは“ヤング フォーエーバー♪”のフレーズと“恋しい我が家”。みんなとはズレてる?

過去、僕が参加した熊本でのMotoライブは“SEE FAR MILES”を除けばいづれも1月公演。もう、これは勝手にMotoが僕のバースデイを祝いに来てくれてるんだ!って(笑)。最高のバースデイプレゼントをありがとう!!

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Motoharu Sano & The Hobo King Band “The Milk Jam Tour 2003”

200373日 福岡市民会館

前回、昨年(2002年)の“Plug & Playツアーはファンクラブ会員のみの限定版。今回は“Rock & Soul Reviewツアー以来2年振りのツアーと言うことになる。

僕からすればアニヴァーサリーツアー以来3年振りにMotoとの再会だ。Motoの古くからの相棒、ドラムスの古田マイティたかしに関しては“See Far Miles PrtⅡ”以来だから9年振り。(小田原豊に代わり、2001年バンドに合流)

怠慢だった。今回の福岡ライヴの情報を得たのが、なんと、チケット一般発売の2週間前。それでも無事チケットは確保できたとは言え今回の反省を踏まえファンクラブに入ろうと思う。(思うだけか?オイッ!!

会場となる

福岡市民会館には15年振り。(当時は別のアーティスト)

この日、空は少しだけ機嫌が悪いようだったが、目的地に近付くと開場したばかりの会館の中に多くのファンの人たちが吸い込まれていくのが見える。僕もすぐにその流れに合流。

今回“The Milk Jam ツアーも、いよいよ今日福岡公演から後半戦だ。

定刻からやや遅れてスタート。まずはホーボーキングバンドのみでのジャムセッション。そして、Moto登場。

ライヴは“Complication Shake Down”からスタート。オフィシャルサイトの“Moto's Web Server”でもレコーディング日記(地図のない旅)が公開されいているが、既にMotoとバンドは新しいアルバムの製作途中。

例えて言うなら、今回ツアーは位置づけ的には“Sweet 16”アルバム製作途中で行われた“See Far Miles Tour Prt 1”みたいな感じかなぁ~って僕は思ってた。

20年くらい前、僕はNYに行っていて、そして“VISITORS”と言うアルバムを作って帰って来ました。」

これは“Sunday Morning Blue”の前のMC。一部公演に付いては「VISITORSアルバムを再現する」と既にMotoが言っていたが今回のライヴがまさしくそれだった。

この“Sunday Morning Blue”は、僕にとって思い出と言うか感慨深い曲で凄く心に染み入る感があるんだ。

途中、福岡ライヴのみのエクストラナンバーとして翌4日が誕生日で地元北九州出身の井上トミー(Bass)のヴォーカル曲が一曲あって、“FRUITS”アルバムの曲そこにいてくれてありがとうでエンディング。

このアルバムは「僕の庭ではじまり僕の庭で終わる」がコンセプトだから、この曲の途中で「僕の庭で終わる」かって思ったとおり一端はここでライヴ終了。

1回目のアンコール2曲目で“アンジェリーナ”。異様なまでにヒートアップするオーディエンス。そしてアンコール2回目では既にオフィシャルサイトで配信され、前回ツアーまでにもプレイされたこともある“Sail On”(後の“君の魂 大事な魂”)。   

新曲は「曲のタイトルはまたいろいろ変わるかもしれないけれども(笑)、今夜この場所では“Fish”と言うことにしておこう」と、5曲目にプレイされた“Fish(仮)ブロンズの山羊2曲。

トミーは二日でレコードを作ったのに対し、自分は2年もかかってまだできないと言う自虐的なジョークも含めつつ、今年中にはなんとかまとめて発表したいとMotoが語っていた新しいアルバムが待ち遠しくなる一夜だった。頼むよ、ほんと。もう4年も待ってるんだから(笑)

この時のライブから一年後に名盤「THE SUN」アルバムが発表になっている。

※オリジナルテキスト:2003年7月中旬執筆(未公開) 2008年1月一部加筆修正

 

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“今夜も愛を探して ~20年目のアンジェリーナ”

佐野元春&The Hobo King Band ライヴレポート 2000226 20Th Annvesaryi Tour at 福岡サンパレス

20周年アニヴァーサリーツアー日程が僕の元に届いたのは'99年11月初旬。

九州地区は残念ながら福岡のみだったが、12月のチケット発売日を楽しみにしていた。そして、まだその時点では空白だった2000年2月のスケジュール表のその日をマークアップ。

チケット発売当日、運悪く多忙でチケットの手配ができなかった。良い席を確保したかったのは本音だが、席の位置なんて関係なかった。立見だろうがなんだろうが当日はその場所にいることこそ意味がある。

年も新たまり、2000年。

その日が迫って来ているのに不幸なことに日程的な調整がうまくいかない。

気ばかりが焦る。どうすればいいんだ?

しかし、仮に福岡公演に行けなかったとしたら、ツアー最終公演の日本武道館に行くぞと決意を新たに。

今回のライヴは通常のライヴ以上の意味を持っている。

今年(2000年)1月初旬、この年初めてのカラオケで僕は1曲目に「アンジェリーナ」を唄ったんだけど、Motoのデヴュー20周年の年に、しかも彼のデヴュー曲を唄ったこと、それは単なる偶然とは思えなかった。(実はそのことには後で気付いたけど。)

どうにか時間の調整を付けることができたのは当日開演4時間半前。前回参加したのは「SEE FAR MILES Prt Ⅱ」ツアーで、まだバンドはザ.ハートランドだった。

当時入院中だったにもかかわらず、外出許可まで取って出掛けた。そして僕にはそれが最後のMotoとハートランドのライヴ。

(ザ.ハートランドはその次の「THE CIRCLE」ツアー、「LAND HO!」ライヴ後に解散)

ザ.ホーボーキングバンドは「INTERNATIONAL HOBO KING」ツアー、「フルーツ」アルバム以来の相棒だ。(結成当初はインターナショナルホーボーキングバンド)

Motoのライヴはこれで5度目。地元熊本以外で観るのは大阪に次いで2度目だ。

とにかくチケットを確保して欲しいと福岡の知人に頼み込み、取れたのは3階席で僕は「な~んだ、3階かよ」って正直言って思っていたけど、入場して席に付くと「ここなら、全然オッケーじゃん!」って。

定刻の18時30分から7分ほど遅れて、開演を告げるブザーが鳴る。これまでの数々のフォトやライヴの模様を編集したフィルムがステージを覆い尽くした巨大なスクリーンに上映され、小林克也さんのオープニングナレーションが終わると暗転した会場にザ.ホーボーキングバンドの演奏が響き始める。

大歓声の中迎え入れられる白いシャツのMoto。7年2ヶ月ぶりの再会。オープニングナンバーは「君をさがしている(朝が来るまで)」だ! その後「ガラスのジェネレイション」、「ダウンタウンボーイ」と続く。僕みたいな昔からのファンはもちろんのこと、場内は一気にヒートアップ。

その後も懐かしいナンバーが続き、「一緒に唄おう!」ってMotoが言った後「YOUNG BLOODS」のイントロが始まると、その時僕の瞳がちょっとだけ濡れた。

ショーは2部構成だ。約1時間半の第1部終了から10分のインターヴァル(この間、場内には“楽しい時”が流されていた)を挟み始まった第2部の頭3曲は

「たまにはこう言ったアコースティックでも演奏するんだ。何曲か聴いて欲しい」

と言ったふうなMCの後アコースティックセットで唄われた。アコースティックアレンジされた「愛のシステム」が良かったな。

その後も新旧のナンバーが次々とプレイされて約3時間に渡るショーは一旦終わった。

3度目の登場。第2部から赤いシャツのMotoはこう言ってデヴュー曲のプレイを始めた。

「この曲を唄う時、自分がいくつになったのか、わかんなくなっちゃうんだ(笑)」

そのアンコールも「ぼくは大人になった」で終わり、ショー自体のトータルタイムは実に3時間半にも達しようとしていた。

「ROCK'N'ROLL NIGHT」が終わりかける頃、“次は「SOMEDAY」かい?Moto”って思って案の定そうだった時、そう思ったのはちょっと意地悪だったかな。

第1部1曲目終了後、「今夜は特別な夜にしよう!」そうMotoが言って始まったアニヴァーサリーライヴは大盛況のうちにその幕を閉じた。

最後にMotoはこう言った。

「みんながいる限り、僕はこれからも一杯一杯曲を書いていくよ!」

で、ツアー最終公演(武道館)にも行きたくなったよぉ~!(^○^)

オリジナルテキスト:2000年2月末執筆、2008年1月一部加筆修正

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